蝉の声が耳をつんざくような暑さの中、私は一人、古いアパートの一室でうたた寝をしていた。大学受験を控えた夏、エアコンも我慢して勉強に励んでいたのだ。ふと目を覚ますと、部屋の中に不自然なほど涼しい風が吹き込んでいた。窓辺を見ると、カーテンが大きく揺れている。
「あれ?」
不思議に思い、カーテンを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。満月が赤く染まり、不気味な光を放っている。そして、その光に照らされた街並みは、まるで別の世界のように異様に見えた。
恐怖を感じながらも、私は窓辺に近づいた。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「助けて…助けて…」
それは、助けを求めるような、微かな女のすすり泣きだった。声のする方を見ると、薄暗い路地裏に一人の女性が倒れているのが見えた。
「大丈夫ですか?!」
私は慌てて外へ飛び出し、女性に駆け寄った。しかし、近づいてみると、その女性は明らかに様子がおかしかった。真っ白な顔に血まみれの服、そして虚ろな目で私を見つめている。
「助けて…助けて…」
同じ言葉を繰り返す女性に、私は恐怖を隠せなかった。しかし、助けを求める声に背を向けることはできなかった。
私は女性を背負い、アパートまで戻った。部屋の中は依然として涼しく、赤く染まった月明かりが不気味さを増していた。女性を床に寝かせ、私は水を飲ませようとコップを取ってきた。しかし、コップを手にした瞬間、背後から冷気が走った。
振り返ると、そこには真っ黒な影が立っていた。人の形をしているようだが、顔も体も何も見えない。ただ、その影からは、圧倒的な威圧感と悪意が感じられた。
恐怖で体が震える中、私は咄嗟に部屋の隅にあった仏像を手に取った。そして、影に向かって叫んだ。
「出ていけ!ここは私の部屋だ!」
すると、信じられないことに、影はゆっくりと後ずさり始めた。そして、窓辺まで後ずさると、そのまま消えてしまった。
影が消えた後、部屋の異様な雰囲気も消え、元の暑さに戻ってきた。私は放心状態のまま、床に横たわる女性を見つめた。女性はすでに息絶えていた。
恐怖と悲しみに打ちひしがれながらも、私は警察に通報した。そして、夜が明けるまで、女性のそばで祈りを捧げた。
あの夏の一夜、私は恐怖と死を目の当たりにした。そして、その経験は、私の心に深い傷跡を残した。しかし、同時に、勇気と優しさの大切さも教えてくれた。
あの女性が何者だったのか、なぜ私に助けを求めたのか、今でも分からない。しかし、私はこれからも、困っている人を助けるためにできることをしていきたいと思う。